瀬戸内海に浮かぶ小さな島が、持続可能な観光に向けて大きな一歩を踏み出します。「ウサギ島」として知られる大久野島で、訪問者に負担を求める法定外目的税「訪問税」の導入が検討される見通しです。
背景には、島全体に残る戦争遺構の保全、環境負荷の増大、インフラ整備の費用増という現実的な課題があります。観光の恩恵と負担を、だれがどのように分かち合うのか——この論点がいま、地域で問われています。
年間約19万5千人が訪れる観光地で、もし訪問税が導入されたら現場はどう変わるのか。先行事例や地元の計画を読み解くと、単なる「値上げ」の話ではなく、島の価値を次世代へつなぐ仕組みづくりであることが見えてきます。
本稿では、検討開始から条例上程までのロードマップ、想定される税の使途と効果、他地域の導入事例との比較、そして旅行者・事業者・住民の視点からの影響を、物語性とデータの両面で解説します。
- 物語的要素:観光のにぎわいと島の負担、両方を見つめ直す潮目
- 事実データ:来島者年間約19万5千人、検討委は10月開始・28年度導入目標
- 問題の構造:戦争遺構・環境・インフラの維持費が恒常化
- 解決策:目的税で得た財源を保全・清掃・基盤整備へ優先投入
- 未来への示唆:先行例(宮島・竹富町等)にならう「気持ちよい課税」の設計
「訪問税」検討が動き出すまでに何があったのか?
竹原市は、10月に学識者・行政・地域・事業者らによる検討委員会を立ち上げ、税額・徴収方法・免除対象などを段階的に協議します。26年度までに4回程度の会合で実施案を取りまとめ、市民意見公募を経て、26年秋ごろに条例案上程、28年度ごろの導入を目指す工程です。
島の人気は好調で、2024年の来島者数は約19万5千人。近年はインバウンドも回復傾向にあり、海上アクセス・上下水道・ごみ処理などの負荷は確実に増しています。戦争遺構の補修など、独自性ある観光資源の維持も待ったなしの状況です。
時期 | 動き |
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2025年10月 | 検討委員会発足(税率・徴収方法・免除等を協議) |
2026年〜 | 数回の会合で実施案を整理、市民意見募集 |
2026年秋 | 市議会へ条例案を上程予定 |
2028年度 | 訪問税の導入を目標(使途は保全・清掃・基盤整備など) |
すべては「守るべき価値」があるから始まった
大久野島には、近代日本の負の歴史を物語る遺構が点在します。海風・潮・時間が刻む劣化は待ってくれません。さらに、人気の「ウサギ」との適正な距離、餌やりの残渣や糞尿による環境影響、限られた水・下水インフラなど、観光の光の裏側にある課題は積み重なっていきます。
「訪れる楽しさ」と「地域の暮らしや自然への敬意」をどう両立させるか。そこで検討されるのが、使途を明確化できる法定外目的税としての訪問税です。目的を絞った財源で、遺構保全・清掃・トイレ・水道・安全対策に優先投入し、楽しく、気持ちよく観光できる状態を長期的に維持する狙いがあります。
数字が示す来島圧力と財源のひっ迫
市やDMOの公開情報からも、観光の回復と負荷の増大が読み取れます。島しょ部特有のコスト(海上輸送、施設保守)は、来島者数の増と比例して上振れします。
訪問税の導入は「受益と負担の適正化」を図る手段であり、従来の入湯税など使途が限定される財源では賄いきれない島内ニーズに、目的税として柔軟に対応する道筋と位置づけられます。
項目 | 概況 |
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来島者数 | 2024年 約19.5万人(増加傾向) |
観光の外部費用 | 遺構劣化補修、清掃・ごみ処理、上下水道、島内安全対策 |
既存財源 | 入湯税等は使途制約が大きく、課題全体へ充当しづらい |
新財源の意義 | 目的税により保全・環境・基盤へ優先配分、透明性の高い運用 |
なぜ「訪問税」だけが突出して注目されるのか?
導入の是非は、しばしば「観光の自由」と「地域の持続性」の対立として語られます。実務的には、①金額の妥当性、②徴収の分かりやすさ、③免除・配慮の設計、④使途の透明性が納得感を左右します。
先行導入地では、船会社が運賃と一体で徴収したり、年パス的な「年払い」を設けたりと、観光体験を阻害しない工夫が鍵になってきました。大久野島でも、楽しく気持ちよく観光できる仕組みとして、徴収方法・周知設計・免除対象の線引きが重要です。
「訪問税は“観光の抑制策”ではなく“質の担保”のための設計です。価格の納得感と使途の見える化があれば、旅行者の理解は得やすい。回数券やキャッシュレス対応などの体験設計も成功の鍵になります。」
キャッシュレス徴収と行動データ活用の可能性
近年の先進事例では、フェリーの改札と連動した自動徴収、LINE等を活用した事前納付・年払い、オンライン周知・FAQ整備などが実装されています。キャッシュレスは混雑緩和に寄与し、同時に行動データの匿名分析で島内の清掃・巡回・設備配置の最適化に活かせます。
「負担」だけでなく、「負担を減らす体験設計」まで含めて、訪問税の価値は磨かれていきます。
他地域の先行例はどう動いたのか
全国初の訪問税導入として知られる事例では、1回100円(年額500円)の簡素・明快な税設計を採用し、船会社経由の一体徴収で摩擦を最小化しました。
離島地域では1回1,000円・年額5,000円といった価格帯で、来島回数が多いヘビーユーザーに配慮する年払い設計を併用。いずれも使途を「環境・トイレ・ごみ・安全・文化保全」等に明示し、納得感の醸成に努めています。大久野島でも、こうした先進例を踏まえた制度設計が期待されます。
まとめ:負担の「見える化」で、価値の「続け方」を決める
観光のにぎわいは地域を潤しますが、同時に守るべき自然と文化にコストが生まれます。訪問税の本質は、そのコストをだれもが少しずつ分かち合う仕組みにあります。
大久野島の訪問税は、単なる料金ではなく、未来へ価値を手渡す参加チケット。価格設定・徴収の分かりやすさ・免除や配慮・使途の透明性——これらが丁寧に設計されれば、「楽しく気持ちよく観光する」ための新しいスタンダードになるはずです。次の瀬戸内の季節を、より豊かな体験にするために。